作品調査のタイミング

我々美術史研究者にとって最も基礎となるのは作品調査である。しかしその作品調査が常にスムースに満足のいく状況下で進められるとは限らない。むしろ非常に苦労を伴ったり、そのタイミングを失ったりもする。


ある時講演を終えた後、多くの方が質問に来られた。その中に作品を直接持ってこられた人がいて、私にとって非常に興味あるものであったので、簡単なコメントを伝え、後ほど詳しく拝見してお話をしようと思っていた。ところが質問で集まってこられた方々の対応が終わり、さてその作品をお持ちの方と話をしようと思ったところ、その所要者の方の姿が見えない。短いやりとりの中でうまく意思疎通ができていなかったのか、どうやらその会場を既に立ち去ってしまわれたようであった。きちんと調査をさせて頂きたいと思った珍しい作品なので、20年近く経ったいまでも気になっているが、その後どんなに手を尽くしてもその所有者と巡り会うことは未だに果たせていてない。そうした経験を何度かしたものであるが、思いもかけないときに思いも掛けない作品に出会うこともある。


今から15年ほど前、2007年の夏のことであるが、たまたま時間ができたので年老いた義理の両親の慰労のため信州へ温泉旅行に出かけた。湯田中温泉の老舗旅館よろづやで一泊し慌ただしく出発しようとしたとき、ロビーの壁面に立派な屏風がはめ込まれているのに気がついた。図柄は一見して、宮内庁の御物で桃山時代の巨匠狩野永徳が描いた唐獅子図屏風であるが、実に立派な複製があるものだと思って近づいてみると、幕末の画家、狩野栄川典信(みちのぶ)が模写した作品であることが画面に書き込まれた落款からわかる。


図1:唐獅子図屏風 狩野栄川典信筆

これと対になるもう一つの屏風があるというので、それもちょっと拝見した。驚いたことに、御物には永徳の唐獅子図屏風と対になるよう、狩野探幽の孫に当たる狩野常信が描いた獅子児図屏風があるが、それを狩野栄川の息子、養川惟信(ゆきのぶ)が模写した屏風であった。

図2:獅子児図屏風 狩野養川惟信筆

宮内庁の御物として有名な永徳と常信の屏風が幕末の狩野派画家によって模写され、立派な作品として残されていたことを知って驚いた。しかしそれにもまして、永徳の巨大な唐獅子図屏風が、秀吉の高松城攻めの際の陣屋屏風であったのではという伝承が主流となっているが、意外にこれらの調査の先には何か新たなことが分かるかも知れないという期待感が大きくなり、改めて調査をさせて頂くことを願って、急いでその場を立った。

その時はまた改めて調査をさせてもらえばいいという思いで雑にシャッターを切ったようであるが、改めてよくよく見てみると、やはり重要な内容がこれらの写真の中には詰まっている。特に寒香という人物の残した説明文には「永徳の原本」、「常信の補作」、「典川、養川父子の模写」、この三者の関係が明確に述べられている。


その内容はこうである。

  • 天正15年(1587)聚楽第秀吉座所の金碧に永徳が揮毫した。

  • 元和4年(1618)聚楽第破却、この時由あって毛利家のものとなる。

  • 貞享2年(1685)常信に唐獅子児図を描かせる。以後永徳、常信の両唐獅子図屏風を毛利家で代々世襲してきた。

  • 天明8年(1788)天明大火の2年後、寛政2年(1790)御所が新たに造営され、この時、毛利家藩主斉元(なりもと)が調度品の一つとして御所に献納。献納の際、毛利家において同型同様の屏風を狩野栄川、養川父子に模写させた。

これが寒香の記述の要旨であるが、明治29年東京芝白金に設立された毛利家歴史編纂所に寒香が山路愛山や笹川臨風ら先輩と共に勤務していたというから、こうした記述の内容も資料に基づいた信憑性が極めて高いものと思われる。


調査はいつでもできると思いがちであるが、一度タイミングを逃すとそう簡単なことではない。忙しさにかまけている間に15年という月日が瞬く間に過ぎでしまった。ごく最近たまたまこれらの写真を目にし、その時のことが彷彿として蘇ってきたので、今はどうなっているのかと思いながらスマホで湯田中のよろづやを検索したところ、ホームページの記事に驚いてしまった。

「令和3年2月11日登録有形文化財松籟荘が火災により全焼、併せて代々収集してきた書画骨董など貴重なお宝を同時に失ってしまいました。」

私がこのスマホの記事を見てその事態をまさかと疑ったその日が令和4年2月11日、正に丁度1年前の同日の出来事で、これもなかなか信じ難いことであった。すぐに電話をして事情を尋ねると、全焼したのは敷地内にある国の有形文化財指定を受けている木造の建物で、唐獅子の屏風は別の建物のロビーにあったため無事であったとのことで、ホットし胸をなで下ろした。


今度こそタイミングを逃さず調査を実行したいと思っている。

 

Writer:佐々木丞平 京都国立博物館名誉館長・京都大学名誉教授

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