アールブリュットの時代

近年日本でもアールブリュットが話題になることが多くなった。京都でも障害を持つ人々の文化芸術活動の振興を手助けしようと、京都府が2015年12月に「きょうと障害者文化芸術推進機構」を創設した。文化芸術活動を通じて障害者の理解と社会参画を促進することを目的に、大学、芸術家、福祉事業者、企業、美術館・博物館、行政その他関係機関が加わり、オール京都体制を作ったのがこの組織である。そしてその活動拠点としてartspaceco-jin(アートスペースコージン)が2016年1月に開設された。障害のある人の作品や表現に出会える場として、絵画、写真、陶芸、インスタレーションなど様々な作品を展示するギャラリーであり、様々なイベント、ワークショップ、講座なども開催される、誰もが交流できる機能を持ったギャラリーである。


こうした様々な事業の中で、特に芸術性の高い障害のあるアーティストの作品展示を行うのが「共生の芸術祭」で、今年も京都市美術館別館で12月9日から26日まで開催されている。


今年で8回目を迎える「共生の芸術祭」のテーマは「旅に出ること、その準備」であるが、このテーマはある意味極めて深い意味合いを持っている。「旅」は文字通り物理的な距離の移動であり、日常から非日常への体験であるが、この展覧会で「旅」に込められた意味合いはもう少し象徴的な深さを持っている。どこか遠くへ行けなくてもまだ見ぬ世界は想像できる。想像の中での旅は無限の広がりを持ち、あらゆる可能性を持っている。時間や空間を難無く飛び越え、過去の思い出や未来の希望、未知の世界に何の苦労もなく接することができる。現実の世界は無数の約束事や既成の事実で成り立った世界であるが、アールブリュットのアーティスト達はその純粋な精神と、人間としての「素」の姿になれるからこそ、そこから旅立ち無限の想像の世界に自由に生きることができるのである。


今回の展覧会では京都府内外の7組の障害のある方の表現を紹介しているが、いずれもそのエネルギッシュさ、鮮烈な色感、常人の常識を越えた造形感覚と表現手法、いずれをとってもその魅力には限りが無い。幾つかの作品を見てみよう。

「八女少女国地図」 上嶋浩綺

「萌花共和国地図」「八女少女国地図」「蜂蜜三島国地図」等々、見たことも聞いたこともない国の名前がいきなり現実世界を飛び越えてしまう。一般の人間から見れば架空の世界かも知れないが、制作者にとっては現実そのものなのだろう。描き込まれた地図は余りにも克明で、ミリ単位の描写の一つ一つに制作者の存在感を感じさせる。

スケッチブック 西生てる子

スケッチブックが何冊も展示されているが、それはまるでオブジェのようだ。この作品については展示案内冊子の解説が実によくその実態を解き明かしてくれているので、ここではその解説をそのまま借用しよう。


スケッチブックにゆっくりとあわてることなく、ほんの少しだけ線を描いたあと、次のページをめくり、また少しだけ線を描く。さらにページをめくり、同じことを繰り返してスケッチブックの最後までたどり着くと、折り返し最初のページへ向かい同様に描き込んでゆく。いったりきたりを繰り返す中で、線は重なり手で擦れながら集合体となる。何度もめくられ続けたページは折れ曲がり、次第に傷んで破れてしまうが、彼女は気に留めることはなく、小さくなっていくオイルパステルを握り、その歩みを繰り返す。・・・・彼女の暮らす・・・緑豊かな場所・・・そこで彼女は15年あまりオイルパステルを握り、スケッチブックに向かっていた。その時間は彼女の生活と密接に寄り添っており、誰にも邪魔をされることのない営みを奔放に慈しんでいるようであった。それ故に彼女の作品には完成としての終わりはなく、数ヶ月間いったりきたりと一緒に歩んだスケッチブックを、彼女自ら手放すことはない。余白や耐久性に限界を感じた職員から新しいものが差し出された時、そこではじめて替わりのスケッチブックを静かに開き、そのまま、また新たな歩みをはじめる。その終わりのない営みは、まるで長い旅を続けているかのようで、描き古されてぼろぼろになったスケッチブックの数々は彼女だけに流れる時間を閉じ込めているようである。

(2021年度共生の芸術祭『旅に出ること、その準備』解説より)


壁画 勝山直斗

壁画作品の紹介もあるが、その表現手法は思いもよらない。少年が画材も何もない施設の自分の部屋で何か制作行為を行おうとしたとき、思いついたのが、唾液で壁紙を湿らせて剥がし、生き物や乗り物、様々な模様を浮かび上がらせるという表現手法だったのだろう。そして剥がされた紙片は口に含み咀嚼して天井に投げつけ貼り付ける。天体の浮かぶ宇宙を思わせる。


全盲のアーティストが「さわる絵画」の制作を試みたり、見えない人と見える人が作品鑑賞を行う対話鑑賞会の取り組みなど、様々な形での刺激的な表現の試みが進んでいる。アールブリュットの世界もその表現が人間の純粋な魂から発しているが故の力強さに満ち満ちている。アールブリュット時代がやがてはやってくるだろう。そして障害があるなしの垣根が取り払われ、みんなが平等に展示鑑賞を可能にする展覧会の開催がごく普通に行われる、そのような時代が目前に迫っているようにも思われる。

 

Writer:佐々木丞平 京都国立博物館名誉館長・京都大学名誉教授

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