経済と文化

日本の政治や経済の世界において「文化」はどのような地位を占めているのだろう。文化国家を国の指針として打ち出した時期があったことはまだ記憶に新しいが、いつの間にかそのかけ声は消えてしまった。経済においてはどうだろう。経済人の責任として文化は守るべきもの、支援すべきものとしてメセナ活動が盛んに言われたときもあった。しかし不景気の時代になると文化は一番に切られる存在であった。日本においては政治の世界においても経済の世界においても文化のプライオリティーは極めて低いのが現状であろう。


そうした中で、2019年にOECDが文化に関してなされた提案「文化と地域開発:最大限の成果を求めて」は今後経済と文化を考える上で一つの指針となるであろう。これはOECDとICOM(国際博物館会議)がパートナーシップとなり共同提案したものであるので、「博物館」に関する言及が多いが、それは言うまでもなく「文化」と読み替えて何ら差し支えはないであろう。そしてここで主張されていることは、文化に対する意識の変革を求めている点である。


歴史的に見ても文化に対する理解には偏りがあった。1960年代以降製造業等と比較して文化は生産性が低く非採算性の分野であるというレッテルが貼られていた。

ただ社会的に見て重要な意義があることは認められるので、そうした文化という非採算性分野は政府が支援すべきであるという共通認識があった。文化においては利潤の最大化を求めることは無理であるので、文化の重要な意義、そのミッション(使命)の最大化を目指すという意味で非営利組織が担うのが望ましい、というのが文化に対する共通の認識である。

文化の意義の重要性は認めるにしても、文化はその効果を目に見える形で示すことが難しい。従って財政が逼迫すると真っ先に削減の対象となってきたのである。そして芸術団体の赤字を補填するような補助金は必ずしも消費者のためにはならない、というのが文化に対する一般的認識である。


しかしOECDの提言は、従来のこうした考え方に対し、変革を迫っている。

即ち文化への「投資」という考え方に変わるべきであることを提言しているのである。文化に投資すると、その何倍もの効果が都市や地域にももたらされるというのである。文化はもともと物事を改革する力を持っている。それは現代の社会問題に取り組む上でも重要な役割を果たしている。経済発展、社会資本、地域社会の幸福、こういった物事に貢献する力を持っているのである。つまり文化は地域開発という極めて現代的な社会問題に貢献する大きな力を持っている。だから文化に投資をすべきであることを主張しているのである。


もう少し詳しくいうと、文化施設や文化遺産といった文化資源は、創造性を刺激し、文化の多様性を広げ、地域経済を活性化に向かわせ、観光客を誘致して収益をもたらす、といった、地域開発にとって非常に強力な資産でもあるのだ。また文化施設や文化遺産があることによって社会的な結束が生まれ、市民はそれを誇りに思う。市民の社会参画を促す原動力になり、最終的には健康や幸福につながる。文化活動に関連した税収も増える結果となり、観光客による消費、雇用等の経済的効果も上がる。


このように、OECDは非採算性という従来型の文化認識ではなく、より幅広い社会的、経済的効果を捉えることへの議論に移行すべきことを提言している。文化がもっと積極的に地域開発、地域の発展に関わってゆくことにより、経済発展、あるいは都市の再生と地域開発に大きく貢献することになり、教育と創造性を育み、平等社会を目指した社会的包摂と健康、そして人間の幸福に大きく寄与することになる。


文化が地域社会の中で善循環運動をすることによって雇用の創出に貢献し、GDPを生み出し、地域社会に実質的な税収をもたらす結果にもなる。デザインやイノベーション等、創造的な経済活動を支援し、地域の経済発展を促進することにもなる。地域社会にとって「文化」は地域開発のコマの一つに止まらず、変革の原動力にもなる。だからこそ「文化」は「投資」の対象にもなり得る、というのがOECD提言である。

日本の政治においても経済においても文化に対する位置づけをもう少し高く設定すべき時代に来ているように思われる。


 

Writer:佐々木丞平 京都国立博物館名誉館長・京都大学名誉教授


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