世界経済はウクライナ・ショックに耐えられるのか

思いもよらなかったロシアのウクライナ侵攻

世界経済は混乱状態にある。今年の世界経済における最大のリスクであったロシアのウクライナ侵攻が現実のものとなってしまった。侵攻開始から2週間近くを経過したが、ウクライナ・ショックが、世界経済、日本経済にどのような影響を及ぼすのか、政府・日銀、国際機関、民間エコノミストからは、しっかりとした分析や見通しは提示されていない。各機関にとっても予想外の展開であり、現時点では事態が流動的で先行きの見通しを立てるのも容易ではないと思われる。今回のコラムでは、この問題について、暫定的で粗削りではあるが、何らかの解答を与えてみたいと思う。


ウクライナ・ショックの波及経路 ウクライナ侵攻に伴い、米国、欧州、日本など主要国は、ロシアに対してかつてない規模の経済制裁を発動している。これが、ロシア経済のみならず、日本や世界の経済に対しても悪影響を及ぼすと考えられる。その波及経路としては、以下の5つが考えられる。

① 経済制裁によるロシア経済の落ち込み

主要国は、ロシアに対し貿易や金融取引の制限などの厳しい経済制裁を実施している。通貨・ルーブルは既に大幅に下落しており、ロシアでは、商品不足と激しいインフレに見舞われる可能性が高い。ただ、ロシアの世界GDPに占めるシェアは2%にすぎない。仮にロシア経済が▲10%成長となっても、世界経済に与える影響は▲0.2%強にとどまる。 ② 原油・天然ガスなどエネルギー価格の高騰 ロシアは、原油の生産で世界2位ないしは3位(約12%)、天然ガスの生産では世界2位(約17%)の地位を占めており、エネルギーにおけるプレゼンスは極めて大きい。特に天然ガスでは、世界の輸出市場の25%を占め、断トツの1位である。欧州では、ドイツやイタリアがロシアの天然ガスに大きく依存している。ロシアからの供給が途絶した場合、その分を埋めるのは困難である。原油・天然ガスとも、コロナ後の世界経済の回復による需要増加、産油国の投資不足による生産減少、脱炭素化に向けた石炭から天然ガスへの需要シフトの影響から、侵攻前から既に価格が上昇しており、ウクライナ・ショックで最も大きな影響が出るとみられている。 ③ 希少金属・希少ガス不足を通じたサプライチェーンの途絶 ロシア・ウクライナは、半導体、電池、自動車の排ガス処理の触媒などに不可欠な希少金属や希少ガスで高い地位を占めている。生産シェアでみると、パラジウムが4割、ネオンが7割、クリプトンが8割に達している。自動車や半導体などのサプライチェーンに大きな影響を及ぼすことが懸念される。 ④ 世界経済の不確実性の高まりによる企業の投資の先送り 最近になって、コロナ禍に収束の気配が見えてきたことから、世界各国で、コロナ禍で先送りされていた設備投資を積極化する動きが目立っている。ウクライナ・ショックの勃発で世界経済の先行きが不透明となれば、企業が設備投資を再び先送りする可能性がある。投資先送りは、生産能力不足を通じてインフレを助長するリスクがある。 ⑤ 金融市場の不安定化 主要国のロシア向け貸出(与信)残高は、2014年のクリミア紛争を契機に縮小傾向に転じているため、貸出のデフォルトによるダメージは小さいと見込まれる。むしろ、先行き不透明感の高まりによる株価下落、あるいは、世界経済の成長率低下に伴う金融リスクの2次的波及、特に中国の不動産市場の悪化などを警戒する必要がある。


以上の5つの経路のうち、②「原油・天然ガスなどエネルギー価格の高騰」が最も影響が大きくなる可能性が高い。以下では、一定の前提のもと、②「原油・天然ガスなどエネルギー価格の高騰」による影響度合いを試算してみる。 エネルギー価格はどこまで上昇するのか 原油価格は、ウクライナ侵攻直前の2月17日には1バーレル90ドルと昨年の平均値の70ドルから既に20ドル・約3割上昇していた。ウクライナ侵攻後には、さらに3~4割上昇して、120~130ドル台に達している(図表1)。昨年からは7~8割の上昇である。 【図表1】原油価格・ガソリン価格の推移

出所:内閣府「月例経済報告等に関する関係閣僚会議資料」(2022年2月17日)

ロシアの原油輸出量のうち、4割は中国、インド、CIS諸国など今回の対ロシアへの経済制裁に同調しない国向けとなっている。すなわち、経済制裁に同調する西側諸国向けの約6割の輸出が失われる可能性がある。逆に、その分をロシアからの輸出に依存しないとすると、世界で原油が不足することとなる。その量は、日量500万バーレルと世界の原油生産量の5%に達する。他の原油生産国が増産しない場合には、原油消費国の需要が減少することでバランスせざるを得ない。需要と供給がバランスするためには、原油価格が上昇することで世界の原油需要が5%減少する必要がある。原油需要の短期の価格弾性値(価格が1%上昇した場合の需要減少幅)は、大ざっぱにみて0.1程度と考えられることから、原油需要が5%減少するには、価格はその10倍(1÷0.1倍)の50%上昇する必要がある。すなわち、ウクライナ侵攻前の90ドルから135ドルへ上昇する必要がある。3月上旬時点で、既に120~130ドルに達しており、既にこれに近い水準まで上昇している。


ちなみに、ロシア産天然ガスの西側諸国向けの輸出が止まり、その分を原油でカバーすると想定すると追加で日量500万バーレルの原油が必要となる。この分も含めて原油の需給がバランスするには、原油需要が日量1000万バーレル、10%減少する必要がある。そのために必要となる原油価格の上昇率は、その10倍の100%である。すなわち、原油価格は180ドルに達する必要がある。原油価格は200ドルに届く可能性も出てきている。 原油価格上昇の世界経済へのインパクト 経済開発協力機構(OECD)が計量モデルで行った分析(OECD、”Economic Outlook Volume2021 Issue2”、2021年12月)では、原油価格が30%上昇すると、世界経済(非産油国)の経済成長率は年0.3~0.6%低下すると見込まれている。経済成長率が低下するのは、原油消費国において、原油や天然ガスへの支払い額が増加し、家計の所得や企業の収益が減少するため、個人消費や企業の設備投資が減少するためである。


以上の結果を用いて、世界経済の成長率への影響を試算してみる。先ほどの原油需要5%減少の想定では、原油価格は135ドルとなるので、昨年の平均値(70ドル)対比では90%の上昇率となる。その場合、世界経済の成長率は年0.9~1.8%低下する見込みである。天然ガスの不足分も原油で穴埋めする原油需要10%減少の想定では、原油価格は中央値180ドルとなるので、昨年の平均値対比では160%の上昇率となる。その場合、世界経済の成長率は、年1.6~3.2%低下する見込みである。


国際通貨基金(IMF)による最新の「世界経済見通し(2022年1月)」によると、2022年の世界成長率は4.4%である。原油需要が5%減少する想定では、世界経済の成長率は2.6~3.5%に低下する。天然ガスの不足分も原油で穴埋めする原油需要10%減少の想定では、1.2~2.8%に低下する。厳しめの想定では世界経済はリーマン・ショックにも匹敵する低成長に転落する見込みとなるなど、ウクライナ・ショックは大きな影響を世界経済に及ぼすこととなる。 原油価格上昇の日本経済へのインパクト こうした世界経済へのインパクトを前提に、日本経済の成長率に与える影響度合いをみてみる。日本経済へのインパクトについては、内閣府「短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)」(2018年9月)の分析結果を用いて試算する。


以下では、2つのルートで原油価格上昇の影響を試算する。第1のルートは、日本における原油・天然ガスへの支払額増加による所得減少に伴う個人消費・設備投資の影響である。第2のルートは、世界経済の落ち込みによって日本からの外国への輸出が減少することによる影響である。


第1のルートについて、内閣府のモデルによると、原油価格が20%上昇した場合、日本の成長率が年0.08%低下する。この結果を当てはめると、原油需要が5%減少する想定では、日本経済の成長率は、年0.4%低下する。原油需要が10%減少する想定では、年0.6%の低下となる。さらに、第2のルート、すなわち、世界経済の成長率低下による輸出の影響を試算する。内閣府のモデルによると世界経済が1%落ち込むと日本の経済成長率は0.3%低下する。先ほどのOECDのモデルの試算では、世界経済の成長率が、原油需要5%減少の場合で年0.9~1.8%、10%減少の場合で年1.6~3.2%低下するため、日本経済への影響は、原油需要5%減少の場合で年0.3~0.5%、10%減少の場合で年0.5~1.0%の低下となる。両者を合算すると、日本経済の成長率は、原油需要が5%減少する想定では年0.7~0.9%、原油需要が10%減少する想定では年1.1~1.6%、各々低下すると見込まれる。


民間エコノミストの最新の日本経済見通し(日本経済研究センター「ESPフォーキャスト調査」(2022年2月))では、2022年度の成長率見通しは3.0%である。日本経済の成長率は、原油需要が5%減少する想定では2.1~2.3%まで、原油需要が10%減少する想定では1.4~1.9%まで、各々低下することになる。2022年度は、コロナ禍からの回復によって、日本経済は実力以上の高めの成長が期待されているところであるが、試算では、日本経済の回復はかなり緩やかにとどまる見込みである。


ここでの試算は、②の要因のみを考慮し、①、③、④、⑤の要因はカウントしていない。特に、④「世界経済の不確実性の高まりによる企業の設備投資の先送り」の影響は小さくないと見込まれる。その点を考慮すると、ここでの試算は、ダメージの下限値であり、実際の世界経済、日本経済へのダメージはさらに大きいと考えておくべきだろう。 世界経済・日本経済は、ロシアへの強力な経済制裁に耐えることができるのか 現在のところ、ロシア産の原油・天然ガスの輸出がどの程度減少するのか、はっきりとした見通しはない。原油・天然ガスのネット輸出国であり、経済へのダメージが小さい米国はロシアの禁輸に積極的だが、ロシアへの依存度の高い欧州諸国は慎重である。ロシア産の原油・天然ガスの輸出が止まった場合に、他の原油産出国の増産によって不足分をどの程度カバーできるのか、短期的に増産が難しい天然ガスについては、太陽光や風力などの再生エネルギーや原子力でどの程度穴埋めできるのか(場合によっては、一時的に石炭の利用拡大を認めるのか)、がカギとなる。いずれもうまくいかない場合には、ロシアへの厳しい経済制裁は、リーマン・ショックや石油ショックにも匹敵するダメージを、世界経済、日本経済に与える可能性がある点は、認識しておく必要があると思われる。

 

Writer:肥後 雅博 東京大学大学院経済学研究科教授・前日本銀行京都支店長

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