日本の科学技術競争力の低下にどう対応すべきか

低下傾向が続く日本の研究機関の競争力 日本の経済成長力を回復するためには、日本の科学技術の競争力を高め、経済における技術進歩の貢献を高めていくことが不可欠である。しかしながら、日本の科学技術の競争力の現状はかなり厳しい状況である。図表1は、大学をはじめとする研究機関の競争力を測る指標として利用される「注目度の高い科学技術論文数の推移」をみたものである。


【図表1】研究機関の競争力:注目度の高い科学技術論文数の推移

出所:内閣官房「新しい資本主義実現会議(第4回)提出資料」2022年3月8日

日本は、1990年代末には世界4位の地位を占めていたが、その後は低下の一途をたどっており、2017年~2019年には世界10位まで落ちている。急激に躍進を続ける中国やインドを除けば、欧米の多くの国で論文数は伸び悩み傾向にあるが、日本の地盤沈下は特に顕著である。日本は、最近10年間でノーベル賞受賞者が10名に達するなど活躍が目立っている。もっとも、ノーベル賞が20~30年前の研究実績に対して授与されることから、過去の栄光を示すものである。注目度の高い論文数でみる限り、最近の20年、特にこの10年で日本の研究競争力が急激に低下していると言わざるを得ないだろう。


研究競争力低下の主因は若手研究者の減少 こうした研究競争力の低下には、日本における研究開発費の伸び悩み、独創的な研究に対する資金不足、研究機関の環境整備の不十分さなどが要因であると指摘されている。もっとも、最も深刻な問題は、研究能力の高い若手研究者の大幅な減少である。研究分野によって多少の違いはあるといえ、世界に注目される独創的な研究を行う研究者は、20代後半から40歳過ぎまでの若手の研究者であり、この年齢層の研究者の厚みがその国の研究競争力を決めるといっても過言ではない。


【図表2】大学院博士課程入学者数の推移

出所:内閣府「総合科学技術・イノベーション会議提出資料」2020年1月

図表2で若手研究者の育成を行う役割を担う大学院の博士課程入学者数の推移をみると、2003年をピークに減少に転じており、最近の15年間で年18千人から年15千人へと2割弱落ち込んでいる。さらに、博士課程入学者から留学生と社会人(うち半数は勤務医の博士課程入学者)を除いた「修士課程を修了してそのまま博士課程に進学する学生(一般学生)」(日本における実質的な若手研究者の供給数)をみると、2003年には年12千人だったものが2018年には年6千人へと半減しており、減少率が大きくなっている。博士課程入学者の減少が時間とともに累積し、若手研究者の減少に繋がっていくと考えると、日本の研究競争力の低下は当面は継続していく可能性が高い。 実際、日本の大学の研究力は弱体化している。例えば、文部科学省「学校基本調査」から、科学技術研究の中心を担う工学系の博士課程の大学院生数(2020年)をみると、全体(13,453人)のうち、留学生(外国人:中国人が圧倒的に多い)が46%とほぼ半数に達しており、留学生への依存度が高まっている。最近の「経済安全保障」に関する議論では、大学における科学技術の海外流出リスクに対する警戒感が高まっているが、日本の大学における研究活動は海外からの留学生に頼らざるを得ない状況にある。残る日本人54%のうち、企業からの派遣など社会人が30%を占め、修士課程を修了してそのまま進学した学生は24%と全体の4分の1にとどまっており、将来の若手研究者の供給源が細っていることを示している。


安定した研究者ポストが十分に存在しないことが若手研究者減少の原因 若手の博士課程進学者が大きく減少しているのは、 ➀博士課程学生に対する経済的支援が不十分で、返済義務のある貸与奨学金に依存するなど経済的な負担が重いことに加え、 ②大学や研究機関における研究者ポストが増加せず、オーバードクター(ポストドクター等)が大きく増加するなど、研究者の就職環境が厳しいことが大きな原因である。 【図表3】ポストドクター等の延べ人数の推移

出所:文部科学省「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査(2018年度実績)」

図表3は、任期1~2年の短期契約で雇用されるポストドクター(任期制研究員等)の人数推移をみたものである。博士課程進学者の減少から、ポストドクター等の人数は2008年度をピークに減少に転じているが、大学や研究機関の応募ポストが少ないことから、その減少ペースは鈍く、直近にかけてもあまり減少していない。分野別では理学分野が4割弱を占めており、とりわけ、研究者数に対して大学のポストが少ない生命科学分野のポストドクターの数が多い。ポストドクターのうち、大学教員や研究機関のポストに就職できる者は年間で13%である(2018年度実績)。すなわち、年収は300~400万円程度のポストドクターを平均7~8年程度続けざるを得ない状況であり、ポストドクターの平均年齢は38歳まで上昇している。さらに、ポストドクターの有力な就職先である大学教員についても、最近では無期雇用から任期制雇用へのシフトが進んでおり、40歳未満の教員(大半が助教ポスト)のうち6割が任期制教員となっている。このように終身雇用のポストを得るのは40歳代になってからというのが、最近の研究者の平均的な姿である。


研究力強化を目指して競争的な研究環境を整備していくという一連の大学改革は、研究者の身分の不安定化を促進しており、その結果、研究者志望の学生の減少=博士課程入学者の減少をもたらしている。民間企業など研究以外の分野では終身雇用=無期雇用が維持されている中で、大学や研究機関のみが不安定な期限付きの雇用を拡大するというやり方は、「ワーキングプアの研究者を増やしているだけ。研究者の仕事に魅力はない」との印象を若い学生に植え付けているものと思われる。民間企業の就職市場の環境が良好な現状では、学生が博士課程への進学ではなく、就職になびくのは当然とも言える。


研究職の魅力をどのように高めていくのか

最近の博士課程修了者やポストドクターの就職状況(2018年度)をみると、1年間に大学教員に3,700人、民間企業や公的研究機関の研究員に2,800人、合計6,500人就職しており、実質的な若手研究者の供給数である「修士課程を修了してそのまま博士課程に進学する学生(一般学生)」の年6千人に見合う状況となっている。マクロの需給でみると若手研究者がこれ以上減少する事態に歯止めがかかることが期待できる状況になりつつある。しかし、優れた人材に研究者になってもらうことが日本の研究競争力の強化には必須であると考えると、研究職に魅力がない現状を変えていくことが不可欠である。

最近になって、博士課程大学院生への経済的支援の強化に乗り出すなど、政府においてもようやく研究競争力の低下問題の深刻さへの認識が深まりつつあるが、研究者の魅力を高め、学生の研究者への志望を増加させる対策の検討は進んでいない。研究者を志望する学生を支援するという「プッシュ」型ではなく、優れた人材を研究者に積極的にリクルートする「プル」型の考えに沿った改革が必要になっていると思われる。

 

Writer:肥後 雅博 東京大学大学院経済学研究科教授・前日本銀行京都支店長

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