政府債務の重圧と金融政策

日本の金融政策:金利引き上げは不要か、それとも、引き上げることはできないのか

米国や欧州では、インフレ率の急激な加速を受けて、中央銀行が金融引き締めに躍起になっている。一方、日本では、インフレ率の上昇が米国や欧州よりも緩やかにとどまっていることもあって、日本銀行は、現状の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」、すなわち、短期金利を▲0.1%、長期金利を▲0.25%~0.25%のレンジとする方針を堅持している。こうした金融政策のスタンスの違いが、急速な為替円安の進展をもたらしていることから、日銀がいつまで現状の金融政策を続けるのか、関心が集まっている。

 金融政策については、➀日本の景気回復力は弱く、インフレが加速する可能性は低いので金利を引き上げる必要はないのか、それとも、②金利を引き上げると、債務過多の部門、とりわけ債務残高が巨額である政府部門が苦境に立つので金利を引き上げることができないのか、そのいずれなのかについても、識者の間で議論が盛り上がってきている。今回のコラムでは、議論のカギとなる政府債務の重圧について取り上げる。


異次元金融緩和の恩恵を受けたのはどの部門か

2013年4月にスタートした「異次元金融緩和」により、短期金利と長期金利は低下し、ほぼゼロに近い水準となっている。このため、債務残高が大きい経済主体には、借入金利の低下から、異次元金融緩和の恩恵が大きくなっている。

2022年3月末の債務残高をみると、一般政府(中央政府、地方政府、社会保障基金の合計)は1,347兆円と、非金融法人企業の合計である非金融法人(636兆円)の2倍、家計(357兆円)の4倍の水準に達しており、3部門合計(2340兆円)の58%を占めている(図表1)。2013年以降9年間の増加額でみても、一般政府は251兆円増加と、非金融法人(140兆円増加)、家計(61兆円増加)を大きく上回り、3部門合計(452兆円増加)の56%を占めている。異次元金融緩和の最大の受益者は政府部門である。


【図表1】部門別の債務(借入+債務証券)残高の推移

出所:日本銀行「資金循環統計」

金利低下による利払い費の削減効果

異次元金融緩和による金利低下の効果を見てみよう。


【図表2】国債残高・利率加重平均・利払費の推移(兆円)

出所:財務省「債務管理リポート2022」 注)令和3年度の普通国債残高、利率加重平均及び平均残存期間は実績、一般会計利払費は補正予算ベース。令和4年度の普通国債残高、一般会計利払費は当初予算ベース。

図表2は国の一般会計における国債残高、国債の平均金利、利払い費の推移である。2012年度から2021年度にかけて、国債残高は705兆円から991兆円へと4割増加したが、利払い費は8.0兆円から7.3兆円へと1割弱減少している。これは、残高ベースの国債の平均利回りが1.19%から0.78%へと低下したためである。仮に2021年度の国債平均利回りが低下せず、2012年度と同一(1.19%)と仮定すると、2021年度の利払い費は11.1兆円と3.8兆円増加する。これは、消費税に換算すると税率1.5%分の税収に相当する。金利の大幅低下は、国債発行残高の増加分を相殺し、国の収支改善に大きな効果をもたらしている。


日本の政府債務残高は世界最悪の水準

もっとも、日本の政府債務残高は2021年末でGDPの257%に達しており、ギリシャよりも債務残高比率が高く、世界187か国中最下位と世界最悪の水準である。


【図表3】一般政府債務残高対GDP比率の国際比較

出所:財務省「日本の財政関係資料(2022年4月)」

G7でみても、対GDP比率で最も債務が少ないドイツの4倍、米国の2倍、イタリアの1.7倍の水準に達している。アジアで比較しても、中国や韓国よりも債務残高水準が高い。


このように日本の政府債務の水準は、世界史上かつて経験したことがない最悪のレベルである。日本の過去と比べても、太平洋戦争末期の債務残高対GDP比率よりも大きな値となっている。仮に、現在のような極端な低金利が持続せず、国債利回りが上昇する場合には、利払い負担が大きく増加することになる。


日本の財政は国債金利の上昇に耐えることができるのか

内閣府が作成している「中長期の経済財政に関する試算」(2022年1月)で先行きの財政収支の見通しをみる。


【図表4】国・地方のプライマリー収支の見通し

国・地方の基礎的財政収支(プライマリー収支)は、コロナ感染の収束に伴い、最近の収支悪化の最大要因であるコロナ関連対策費が大幅に減少することから、2023年度には改善する見込みである。


その後は、実質成長率の水準によって見通しに違いが生じている。実質成長率が年1%にとどまるベースラインケースでは、利払い費を除いたプライマリー収支は、10年後でも均衡せず、赤字が解消しない見通しとなっている。実質成長率が年2%まで加速する成長実現ケースでは2026年度に均衡する見通しだが、日本経済が年2%成長するとの前提は現時点では現実的ではない。


この見通しでは、日本銀行の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」により、長期金利0%が2025年まで継続することを織り込んでいる。それでも、政府債務残高が増加することから、国の利払い費は増加に転じ、2022年度の8.2兆円が2025年度には10.8兆円(対GDP1.8%)へと2.6兆円増加する見通しとなっている。仮に、日本銀行が金融引き締めに転じるなどにより、長期金利が1%ポイント上昇した場合には、2025年度の利払い費は14.5兆円(対GDP2.4%)へと6.3兆円増加する見通しとなる。長期金利1%ポイントの上昇により、年3.7兆円(対GDP0.6%)の財政収支の悪化をもたらす。この悪化分を穴埋めするには、消費税に換算すると税率1%強の引き上げが必要となる計算であり、そのインパクトは無視できないと考えられる。


もちろん、長期金利が上昇する場合は、日本経済のパフォーマンスが改善し、税の自然増収が利払い費の増加をカバーする可能性もある。実際、2021年度の国の税収は、企業収益の回復や株価の上昇による法人税・所得税の増加もあって、67.0兆円と2020年度(60.8兆円)を10%上回る大幅な増加となっている。


しかしながら、税の自然増収が経済成長ではなく物価上昇によってもたらされる場合は、社会保障費を中心に国の歳出も物価にスライドして増加することになるため、税の増収分は歳出の増加にかなり部分相殺され、収支改善効果が小さくなってしまうことには注意が必要である。その場合には、利払い費の増加をカバーするのは困難となる。金融政策の正常化には、政府債務の重圧が大きな足かせになることは避けられそうにもない。

 

Writer:肥後 雅博 東京大学大学院経済学研究科教授・前日本銀行京都支店長


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