成長か分配か:賃金を先に上げるのは可能か?


先進国から脱落しそうな日本の賃金 先月の総選挙では、分配政策の強化が大きな争点となった。その際、日本の賃金が長年上昇しておらず、先進国の中で相対的に賃金が低下している点が大きな話題となった。 【図表1】平均賃金(年収:2020年:購買力平価ベース:米ドル)

図表1は、OECDが作成している2020年の平均賃金データである。日本の賃金(1人当たり:年間)は38,515ドルで、OECD加盟国35か国中、22番目となっている。 日本の賃金は、 ①最も高い米国の55%に過ぎない。 ②ドイツやイギリスなど多くの欧州諸国よりもかなり低い。 ③OECD平均(49,165ドル)を大きく下回る。 ④最近では韓国(41,960ドル)を下回っている。 日本の賃金が先進国から脱落するのではないか、と心配になる衝撃的な内容である。 OECDデータの特徴点 ただし、このOECDデータを利用する際には、2点留意する必要がある。第1に、本データは全雇用者の平均賃金であるため、日本のように非正規雇用が多く、かつ非正規の賃金水準が低い場合は順位が低くなりやすい。日本のデータを正規雇用に限定すれば、賃金は約13%増加して43,000ドル台となり、19番目と幾分上昇する。


第2には、各国の賃金額を米ドルに換算する際には、市場の為替レートではなく、各国間の物価水準の差から計算される購買力平価の為替レートを使っている。例えば、ある商品が米国で1ドルの価格で販売されている一方で、日本での価格が114円である場合、購買力平価の為替レートは1ドル=114円と考えて円をドルに換算している。先進国よりも新興国の物価が相対的に安くなる場合が多いため、購買力平価ベースでは、新興国の賃金が市場為替レートの換算に比べて高めに出る傾向がある点は割り引いて考える必要がある。

このように賃金データは一定の幅を持って評価すべきではあるが、日本の賃金が米国や欧州諸国を大きく下回るなど、先進国の下位レベルであり、さらに韓国を下回っている公算は大きい。このデータには含まれていないが、台湾についても賃金は日本を上回っていることを併せると、日本の賃金がアジア・トップクラスとはいえなくなっている。


日本の賃金は長年殆ど上昇していない もう一つの特徴は、日本の賃金は長年上昇していないことである。 【図表2】平均賃金(2020年、購買力平価ベース:米ドル)の推移

図表2は、G5諸国と韓国について、購買力平価ベースの賃金の推移をみたものである。2000年からの20年間に米国で25%、欧州3か国で17%、韓国で44%、各々賃金が上昇した一方、日本は横ばいである。

その結果、日本の賃金は、米国や欧州との差が一段と拡大していることに加え、韓国とは2015年に賃金が逆転するなど、日本の地位が低下してきている。


日本の賃金の引き上げ余地はあるのか

それでは、日本には賃金の引き上げる余地はあるのだろうか。そのマクロ的指標として労働分配率を利用するのが一般的である。労働分配率は、労働者が受け取る賃金の総額である「雇用者報酬」を、経済の付加価値である「GDP」で割って求める。企業が稼いだGDPを労働者にどの程度分配するかを示している。


【図表3】労働分配率(雇用者報酬/GDP:%)

日本の労働分配率は、米国、ドイツ、フランスなど他の諸国と比べ一貫して低くなっている。最近になって幾分上昇し、2019年には55%台となっているが、米国と比べて2%ポイント、ドイツと比べて4%ポイント下回っている。マクロでみて、GDPを米国やドイツ並みの労働分配率で労働者に分配することが可能であれば、日本の賃金を4~8%程度引き上げる余地があると解釈できる。

これまで、日本の企業は、中国などアジア諸国との産業競争力を維持するために賃金を抑制してきており、それが労働分配率を低下させる一つの要因となってきた。しかし、日本と同様に厳しい国際競争に直面している韓国・台湾の賃金が日本を上回る水準まで上昇したことを踏まえると、日本の産業が韓国、台湾と同程度の競争力を有していれば、日本においても、一定程度の賃上げを行うことができるはずである。


しかし、「マクロでみて賃金を引き上げる余地があること」は、「個別の企業が進んで賃上げに踏み切ること」とは同義ではない。企業の賃上げへのモチベーションをどのようにして高めることができるのか、その具体策が、今後の政策運営のカギを握っているといえるだろう。


※図表1~3のデータ出所はOECD。

なお、図表3のGDPは要素価格表示(通常のGDP<市場価格表示のGDP>から税・補助金を控除したもの)である。


 

Writer:肥後 雅博 東京大学大学院経済学研究科教授・前日本銀行京都支店長



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