新たに開館した細辻伊兵衛美術館

令和4年4月15日、京都で400年の歴史を持つ綿布商の永楽屋が十四代に亘る当主の名を冠した細辻伊兵衛美術館を新しく開設された。主たる展示作品は言うまでも無く「手ぬぐい」である。


「手ぬぐい」の歴史は古く、奈良、平安時代に既に使われていたと言われているが、江戸時代に木綿の普及により大きく発展した。絹に代わり木綿で着物が作られることも多くなるが、着物の端切れが手ぬぐいに転用されるという手軽さも手伝ってか、一般庶民に広く普及していったようである。江戸時代から昭和にかけて全ての日本人に親しまれ、手や顔を拭き身体を洗う等、ごくごく日常生活の中でだれもが使ってきた。一般には木綿の布でせいぜい簡単な模様を施した日用品であったであろうが、400年の歴史を持つ京の老舗永楽屋ではそれぞれの時代の文化、風俗、流行を映したデザインで各時代の最高の技術を結集して制作してきた歴史があり、ごく普通に使われるアイテムでありながら芸術性の極めて高いものが多く、装身具としても大いに普及した。今回の展示では江戸、明治、大正、昭和、平成、令和と各時代の特色あるデザインに時代の変遷がよく映し出されている。



美術館入り口正面の壁面は銅版が一面に張られ、水面にはその影の揺らぎが目を引く。この銅版は古くから伝わる伝統技術で張り込まれているという。伝統技術を現代に生かした例であろうが、この真新しい赤銅色が時代を経ると恐らく緑青を帯びてくるのだろう。その色の変化も今後楽しみである。


森倉円 × 永楽屋

木村英輝 × 永楽屋

館内に入ってまず目についたのは、イメージしていた手ぬぐいの概念が覆されるほどの多様さである。森倉円や米倉舞といった現代のイラストレーターのキャラクターデザイン、キーやんこと木村英輝のデザインを採用したコラボ等、今の時代を駆け抜けているものを大胆に取り込むたくましさを感じる。



また端布を継ぎ合わせたパッチワークの継ぎ目に陶器で使われた伝統的な技法・金継ぎを丁寧に金糸の刺繍で再現するデザインには、懐古的な温かみのある手触りの中に不思議な斬新さも感じさせてくれる。


ルイ・ヴィトン × 山本寛斎 × 永楽屋

「奴さん」をモチーフにした、ルイ・ヴィトン、山本寛斎、永楽屋のトリプルコラボレーションによる風呂敷で、2018年日本で開催されたルイ・ヴィトンのクルーズコレクションの際、山本寛斎のデザインにより、丹後ちりめんをつかって永楽屋が制作したもので、四隅には「留(ル)威(イ)美(ビ)東(トン)」の文字もデザインされている。手ぬぐいや風呂敷といった懐古性に誘われる感情が、強烈な色彩、大胆なデフォルメによる思いがけない現代性で裏切られる快感もまた楽しい。


こうした意外性の中で、古美術を研究してきた者にとってほっとさせてくれる作品も多い。



江戸時代後期に制作されたこの手ぬぐいは、藍染めに白抜きの盆石、釣り花の模様を背景に、表装された応挙の鯉の掛け軸がメインモチーフになっているが、表具の上下の途中で切断された形で中央に大胆に配置されている。この構図の大胆さに加え、背景の藍色の寒色と、鯉の赤色、表具の中廻しの茶色といった暖色系の色との対比が程よい空間の大きさと奥行き、そして画面の安定感を演出している。そして素材の木綿が時代の経過で結果的にそうなったのか、あるいは描き手の感覚がそうさせたのか俄には判断できないが、掛け軸の縦線の僅かな歪みが何とも言えぬ手触り感の温みを感じさせる。



この手ぬぐいは近代の日本画家であり、図案家でもある神坂雪佳の絵をデザインしたものである。竹に雀のモチーフであるが、葉に雪を頂いた孟宗竹の、画面を圧倒する太い幹と、その影から姿を現す愛らしい雀のコントラストがデザイン性と写実性を巧に調和させ、近代の琳派作家といわれる雪佳の素直な琳派解釈が見て取れる。



この手ぬぐいは昭和初期のもののようであるが、図柄を一見しただけで、いかにも大正ロマンの香りを色濃く留めたものであることを感じさせる。男女とも和装のようであるが、ハイカラな佇まいでオープンカーに乗り、左右に蛇行する海岸沿いの道路を進んでいる。手ぬぐいの長方形を縦長に使い一番手前の近景は自動車と人物を上から俯瞰し、視線を徐々に上げると道が蛇行しながら段々と遠ざかって行き、やがて画面最上端、水平視したところで海と島影が見える、という、東洋画でいう深遠法と平遠法を巧に組み合わせた構図法が近代デザインの中で復活しているのが極めて興味深い。


私のように子供の頃、風呂場や洗面所で使っていた真っ白な長方形の木綿の布で、せいぜい紺色で染め抜かれた商店の宣伝のロゴか、極めて簡単な挿絵のようなものが描かれたものが手ぬぐいと思っている者には、400年の歴史を持つ京の老舗の手ぬぐいはさすがにそのイメージを覆すものがある。着物と違って、本来肩肘張らない、何気ない日常の使用品である手ぬぐいではあるが、その中で展開される色と形の造形には京文化の美意識が隠れ住み、それが連綿と令和の時代にも生き続けている京文化のすごさを改めて認識させてくれる。

 

Writer:佐々木丞平 京都国立博物館名誉館長・京都大学名誉教授

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